私の30代・・・Baja参戦記
自分の夢へ向かって走り出した・・・・・・ 遅咲き30代の日々                 ”Baja1000”への思いを通して、 30代の揺れ動いていた自分の気持ちを素直に書いています。
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はじめに・・・・
昨年/2006年、別の日記に書き込んでいた"Baja参戦記"・・・
読んで頂いた方から、ホームページにもアップして見たら?という後押しの声もあり、
また、まわりの女の子にこの揺れ動く時期の相談を受けることもあったりして、
スミ~ッコにアップしてみようと思いました。少しずつ気ままにアップしていきますので、良かったら読んでみて下さいね☆...
-------------------------------------------------------------------
その日、久々自分が走った時のBaja-DVD
いつの間にかDune店内で流れてて
恥ずかしながら懐かしく見てました。
最近バハ映画の話題が耳に入ったり
またバハ仲間がお店に来たりして
やっと・・・や~っと・・少しずつだけど・・・
あの頃の思いを何かに残そうかと思う気になった

あの頃・・・
そうちょうど女性の気持ち揺れ動く年頃
"結婚/仕事/人間関係等々・・・"別れもあったり

まず田舎に引っ越した
大好きな町☆益城に一戸建てを借りる(メイと出会う)
人と距離をおこうという思いもあったが・・・
その年、また数多くの人と出逢い密な繋がりになった。
私の決断はいつもお風呂場が多い(W
その日もお風呂、なにかやりたい、なにか何かないかなぁ~
パッと閃いたのが・・・Baja1000・・・熱い想いがメラメラと

そして、その時に浮かんだ強い思い
『よし、Baja1000に出よう~Bajaを走ろうと』

それからその思いは一度もひるむ事無くパワー全開!!
もぉ誰にも止められないって感じだった
それからメンバー探しが始まった。。。断られたこともあったっけ

まず頭に浮かんだのは
走りに惚れた福岡のMkkoさんやGnちゃん>>>見事に断れた
そして、レースでよく見かけていたMriチャンとMymiチャン
その頃のEDレースで上位にいた二人に声をかけ
押して押して口説いて>>>なんとかメンバー決定!!
また、ここからが波乱万丈いろんな事が・・・

おぉ~意外とスラスラと出てくる
この場を借りて少しずつ残しておこうかな

でもチョット長すぎ・・・まっいっか(w
202660178_72.jpg


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『★チーム結成』
メンバーは・・・
ひとりはスレンダーな体格の背高ノッポMriチャン☆
知り合った頃はCR80RⅡに乗ってたかな
観光牧場のコースで良く見かけるようになり
いつの間にか上位を走るようになっていた。
ガッツがあって頑張り屋さんで心が繊細

もうひとりはNR王子の奥様:Mymiちゃん☆
Mymiちゃんと出逢った頃、福岡には元気な女性がいっぱいいて
EDレースにツーリングにとにかくみんなでよく遊んでたなァ
MymiちゃんはNR王子/兄の奥様と共に
その頃から上位を走っていて、
高度なテクニカルコースになると簡単に走り去る姿を見てホレボレ
ホワホワとした雰囲気でまわりを和ませてくれるムードメーカー

んで、自分はお~っとりのんびり屋タイプ>>>メットかぶるとスイッチON

女性だけで!!女性だけのチームって言うと
なんかエラク頑張っているように聞こえがちだけど
う~んなんだろ、うまく言えないけど
私にとっては普通であって、同志って感じだった

バイクに乗るようになり(佐賀在住の頃)男友達が増え
仲間同士でバイクやレースの話やらで盛り上がっているのが
うらやましかった・・・その頃全然話についていけなかったから
6人の兄姉からキタえられた私は
超がつくほどの負けず嫌いダッタ(過去形)
まわりが男性ばかりだったので
男の人を目標に頑張り始めてしまう(w

しかし、何度も壁にぶつかる
女の子だから知らずとチヤホヤされる>>>"気にしない気にしない"
男性とは違う
テクニック、体力、精神力>>>"努力するしかないんだもんなァ"
こんな事は自分のやり方でなんとかなる
そして、仕事・結婚・まわりの目等々・・・・大きい壁バーン!!
男の人との違いを考えること多々あり

Baja1000に出ると決めた時(熊本在住)
同じ思い同じレベル同じ感覚に近い
同じ女性達と走りたいと決意していた。

3人で集まりBaja参戦への気持ちをちゃんと確認し合い
チーム名"さぼてんシスターズ"として結成
通帳もあの頃は個人名でなくても良かったので
"さぼてんシスターズ"で通帳作成(^m^;)思い出の品になった

まぁ~なんやかんやで幕が上がり
ひとりコツコツとサイクルハウスで整備してるとプルプルプルル
『福岡放送のFBSですが・・・』の電話が。。。『???』20070307211145.jpg


『★スタート地点は遥か遠く』
携帯が鳴り・・・
『西日本スポーツ新聞を見たんですけど・・・』
これがFBS吉田Qチャンとの出逢い

Mriチャンが西日本スポーツ新聞に
投稿したのがきっかけで 新聞に掲載され、
その掲載当日まで会社(JAF)には内緒にしていた私

西日本スポーツ新聞がどれほどの影響が
あるかも知らず、 それほど見てないだろうと
普通に出勤した私の内線が鳴った

ロードサービス副隊長から
『見たバイ』
『えッ?何を』
『西日本スポーツ』
『ぎゃ~』

想像以上の大きい掲載、しかもカラーで驚いた。
すぐさま所長のもとへ・・・(^^;)
所長の机の上には新聞が!!
順番を失敗してしまった私は冷や汗タラタラ。。。
その夜、宝○閣で1対1の交渉>>>なんとかOKが出た

それから熊本RKKさんから出演依頼があり
そして、福岡FBSさんからの電話>>>驚くことばかり

この体験でメディアの裏を少しだけ知ることができた。
RKKサンの出演依頼5分ほど
金曜ロードショーあとの放映3回だったかな
Baja出発前日に頂いた出演料>>見てビックリ!!
予想より3人×1ケタ多かった(w わぉ!!

FBSさんとは同行(4カ月ほど)での収録が続き、
みんな仲間意識が芽生えた

大よそのシナリオを考え
(Qチャンは帰ってから考えたらしいが)、
それを元に莫大な時間の収録
その内のいち部分だけ選りすぐって繋げていく
ハプニング/話題があれば、それを組み込んでいく
ディレクターとカメラマンの感じとる目/感覚
それぞれの違いもあったり・・・

しかしメディアで100%の真実を伝えるのって
難しいんだなと・・・ しみじみ思いました。

熊本のBaja仲間♂が
今年11回目のBajaに参戦する。。。
Bajaの雑誌には取り上げられたけど
私らみたいなメディアにはサッパリ
(本人も望んでないと思うけど)

何かやろうとする時、
夢を叶えたいと動き出した時、
自然と助けられたりする♀
まわりも自然な気持ちで手を差し伸べる
それも女としての特権カナ
と思った方がいいのかも・・・

大怪我してまわりに心配をかけ
バイクを諦めかけたけど・・・諦め切れず
次はBaja1000とは・・・当然
両親にはなかなか言えなかったなァ
2.jpg

3.jpg


『★一番大変だったこと』
海外レースをと考えた時
誰もが必ずクリアしていかなければならない問題
仕事場と両親への了解・・・また資金面等々

取り囲むまわりのこともいろいろあったけど

一番大変だったのが・・・
3人の気持ちをひとつにすることだった

体格も違えば乗り方も違う、
もちろん性格も違うし
意見もさまざま"ふぅ~"
また、その時はそれぞれパートナーがいて
これまた、考え方も見事にバラバラ"くぅ~"

まぁ~たまにぶつ^^;かりもしましたネェ

決めなきゃいけない事が山ほどあって

私が一番大事にしたかったのは
3人で納得しながら決めていくこと・・・
それは費やすお金のこと。
貴重な時間をさいて
Bajaへと目標を持ってくれた
二人への気持ち

人によっては時間の無駄
ある程度は自分で決めて、
納得させればいいと!!
今思うとそうだったかもしれないなぁ
でも、その頃は自分にも自信が無く出来なかった

★スポンサー集めをどうするか?
結果によって認められた
ライダーにつくもんだと思ってた私

情報豊富なMriちゃんから
"企画書を送ってやってみないィ"(^.^)
と提案があった

まわりのEDライダーもやってるようで
資金もギリギリ計画だったので
んじゃッどぉ~んとやってみようってことで
結果的には沢山のスポンサーゲッツ!

並び募金活動で驚くほどの協力があり
感謝感謝(;^_^;)ひたすら感謝の思いで一杯になった

★マシンをどうするか
ひとりで先に動き出していた私は
練習バイクCRM250を購入
本番マシンが決まり
CRMを下取りに入れ
自分で本番用マシン"XR250Baja"を購入
これからが大変(^^;)デシタ

今までのXRに関するデータ収集
そして耐久性を考えたパーツ選び等々

ハンドルは?シートは?サスは?メーターは?ガードにライトに。。。
んじゃアレハコレハ????わぁぁぁぁぁぁぁ・・・
って感じになったりしたけど
なんとか投げ出すことなく

3人の気持ちも少しずつ少しずつ
まとまりを感じるようになり

出発の日へと近づいていくのでした☆...

【★3人がひとつになりかけて・・・】
Mriチャンが北九州で
Mymiチャンが福岡
で私が熊本だったので
顔を合わせての打合わせも
なかなか出来なかった

休日の予定を連絡し合っては
出来る限り会うようにしていた私達

セッティングに行ったり、
レースに出たり、
家に泊まりにいったり、
ひとつひとつがいい思い出

☆ゴンドー牧場でのサスセッティング
この時初めてFBSのクルーと顔を合わせる

☆広島へ遠征レースに出かけたり
この時賞品でテレビゲットしたんだよねェ

☆北九/平尾台で夜中のライトテスト
霧が出て超怖かった(;^

☆よさりのラリーでナイトランレースに出たり
ナイトラン最高ォ~また出たいなァ

そして、御所での6時間耐久参戦
後半>>>雷を伴う大雨
ちょうど走っていた私は
雷の音にヒビってしまい
コース途中でSTO~P

遠くでスタックしている
ライダー数名の姿が目に入った

どうしたもんかと
モジモジしてたけど
待ってる2人の顔が浮かび
(^へ^)よぉ~しと覚悟決めて走り出した私
すると・・・急な登りも難なくクリア

あらま~あらま~と
助けに来ていた人達を横目に
前へ前へと走っていると

今度はステップがクイ込むほどわだちの登り
ピットまであと少しなのに・・・
何度かトライするけど・・・後戻りズズズゥ

そこへ現れたのが"バーン"
MriチャンとMymiチャン

心配した二人は助けにコース内を
歩いて来てくれたのですキラキラキラリ~ン☆...

放送された映像の中にも
この時の場面が映ってたなァ

それと・・・
あの重たい(ウン百万円する)カメラを担いで
コースのあんな所までやって来た
クルーは流石だ。。。と思いマシタ

こうやって少しずつチームの
まとまりを感じるようになった
御所でのレースだったけど

終わってから順位を争っていた
男の人達の言葉に
チョッピリ凹んでしまった私達。。。

『テレビ局が来てるからって・・・』
どうのこうのみたいな言葉を耳にする。

この時も
気にしない気にしないって・・・言い聞かせ

3人で入賞した結果を素直に喜んだ
★【虜になったあの頃・・・】
私がBaja1000を知った頃の事を
書いておこうかな・・・

佐賀のバイク屋さん
『ホライゾン(当時:フルカワ)』で働いていた頃
まわりの仲間達と
大好きなバイク-XRの話をしながら
Bajaの話題になって盛り上がっていた

その頃、見せて貰ったビデオ
内田サン(熊本出身)が出ていた
89年のBajaビデオ
BAJA1000エンセナダtoラパスに魅せられ
(http://www.motormagazinesha.co.jp/medialog/e-shop/new-shop/item/13405.html)
すぐさまBajaの虜になった。。。

レースのことよりも
気心知れた仲間達とBajaライディングを
ツーリング気分で・・・
楽しんでいる雰囲気に惹かれ
最後のシーン
『ドライレイクをジグザグ走行
・・・時折ウィリーしながら』を見て
『いつか行ってみたい
走ってみたいなぁ』
な~んて・・・
夢みたりしてたんだよねェ

あれから約12年。。。
夢を現実にと思い立ち

出発の2週間ほど前に・・・
バカなことをやってしまった私(w

おNewのYZ85が納車され
早く乗りたくてたまらない私は(^^;)
誰かに止められた
気もするけど
気にせず、
御所のコースへと練習に

調子に乗りすぎた私は転倒し
左親指をケガしてしまった>>>翌日熊整へ
『ヒビ入ってますが』(><)

でも全然大丈夫^^v
まゆみチャンがくれた
魔法の塗り薬で^^vヘッチャラでした☆...-1.jpg


【★バイクの発送前々日】
いつもレース前の準備をする
このひと時が大好きな私

益城のサイクルハウスでひとり
最後の梱包準備
交換用パーツ
予備用のパーツ
メカさんがわかるように
細かくメモしていく

最後はマシンにスポンサー様のステッカー貼り
センスの無い私は・・・^^;
サイクルハウスでライトスタンド付けて
あ~でもない、こうでもないと
夜遅くまで
頭を悩ましていた"ふぅ~"

翌日、マシンの梱包
あの頃お世話になっていた
A/バイク屋さんの場所を借りて
マシンをバラし
二輪専用の梱包資材に
収めていく
前後のタイヤ、ハンドルも個別に固定
予備パーツ類も箱にまとめ
なんとか全てが収納完了

さぁ~車に乗せますよォ
重さはどれくらいかなぁ
車両が約120kで
その他予備パーツ、タイヤ等で↑↑↑

男性3、4人の力を借りて
よぉ~いしょっ・・・ズズズズゥ
車の後ろのドアも無事締まり
ここでみんなに笑顔が戻り
記念にと
この時に写真を撮りました"カシャッ"
みんな最高の笑顔(^-^)
今でもこの時のこと・・・
心から感謝しています。

さぁ~翌日、福岡へと空輸発送
あいにくの雨だったけど
気持ちはワクワクドキドキ
何事もなく、無事にUSへ届きますように

あとは私達の出発だけ☆...
出発の日がとても待ち通しかった-2.jpg


【★トレーニング。。。】
出発からを書く前に
自分がやったトレーニングの
まね事も書いておこう・・・っと

家帰ってから
メイ(この頃飼ってたワンコ)と
●益城の体育館までランニング
坂道があって結構キツかった

●お風呂前に腕立て
消防勤務の親戚に習った
普通の腕立て
両腕広げての腕立て
両方の親指を×に合わせての腕立て
何セットか続けてやっていた
(この経験でまたもや筋肉womanに復活^m^;)

●スパルタ8の字練習
時間があればバイクに乗る
ある日・・・フラットな広場で8の字練習
仕事へ行く前に様子を見に来た
でゅ~んから>>>スパルタ攻撃>>>激が飛ぶ!!
うまく出来ず
くやし涙流して・・・ヤッテマシタ(;_;)

●仕事が終わってひとり吉無田へ
今考えるとなんて!
無謀なことを^^;
遠くに夜景は見えるが
当然真っ暗闇
草スキー場近辺で8の字練習

そして・・・ミラーを倒して(ココ大事デス)
ひとりでナイトラン練習へと
林道を走る
ホント怖かったよォ・・・(;_;

いつも人一倍練習して
自信をつけようとする私。。。

まずはスタート地点☆
おまえは絶対コケる
ぶっ飛ぶっていう
レッテルはられてた私

自分の目標として本番では
絶対コケないぞッと心に誓うのでした5555.jpg


【★福岡空港出発】
2001年11月>>3回目のBaja

1回目は熊本チームのサポートで付いて行き
なんとアクシデント発生
現地エントリーで私も走ることに(^○^)/

2回目はワンウェイルート/サポートでカボサンへ

3回目は8の字ルート
いよいよチームで参戦

まずスタート地点へ
そしてゴールという
大きな目標があったので
何となく緊張していた私

ライダー3名
メカニック1名
FBSクルー6名
あと、ラビットコジさんも
一緒にとんだ
20070330214200.jpg



テロの影響で入国審査も
時間がかかるだろうと
予想していたが
意外にもそうでもなくて
(イヤFBSサンは止められてたっけ)

Bajaサポートを依頼していた
プロテックスポーツの石井進さんとご対面

あと、友達の中西夫妻
(現在全日本MX-SHOEIサービスしてます)
にも逢えた・・・それから緊張が抜け
少しずつテンションが上がっていった^^v

移動中
アメリカの国旗がアチラコチラで目に付く

石井サン宅(リバーサイド)へ向かう
途中、MSRとチャパレルへ寄る
欲しい用品パーツがわんさか

石井サン宅へ到着
やっとマシンと再会・・・何気に嬉しかった^^

翌日、Bajaカリフォルニア半島/メキシコへと出発

ボーダー入国はスンナリ>>>さぁメキシコだァ~
『ブエノスディア~ス』『オラオラオ~ラ』

徐々に風景がガラリと変わっていく
怪しい物売りがひきり無しに寄ってくる

貧富の差が激しい国
犬小屋のような家に人影
赤ん坊を抱いて
物乞いをする親子
実際目の前で見たのは
メキシコが初めてだった

スタート地点となるエンセナダに到着
まずは腹ごしらえ

大好きなタコスをほおばる
"うま~い^○^
サルサも最高にうまいッ
あの薬草がたまらないんだなぁ

明日からプレラン
走りたくてたまらなかった...666.jpg

66.jpg


【★プレラン開始】
早く走りたくて
・・・走りたくて
ウズウズしていた私
緊張する事も無く

サラッとした気候が心地良くて
とても気分が良かった
まずは石井サンと私とMymiチャンの3台

まず、ゴール地点から逆走で走ってみる
走り出してすぐに
コース途中にサクがしてあり
カギがかかっていて前に進めない
サクはよくあることで
今回はカギがかけてあったので
どうしようも無く断念

引き返した場所が道無き所で
私は何度か転倒
また簡単な路面でも転倒

う~ん何か変だなぁと
マシンをチェックしてみると
長すぎたブレーキホース(CR用装着)の
固定がいまいちだったようで
Fフェンダーへの引っかかりが原因だった

初っ端からマシントラブルで
私のテンションは↓ヒュゥゥゥン

プレランは
それなりに順調に走れた

そんな中、
途中途中でFBSサンからの依頼で
撮影が行われる

向こうから走って来てもらえますか
今度は3台で・・・
他のクルーは車に隠れてて下さい
次はこちらから撮りま~す
はい次はこちらから・・・
スイマセ~ン、もう一回・・・てな感じで

練習時間が撮影時間へ費やされる

覚悟はしてたのでイラつきはしない

ただ石井サンらはどうだったのかと
少し心配だった。。。

ホテルへ帰り夕食準備
そぅ~ホテルは自炊が出来て
マシンも中に入れれるナイスなホテル

食器も揃ってて
もちろんご飯も炊いて
楽しかったなぁ

この夜はみんなハイテンション
みんなでワイン等を飲んで盛り上がった。。。
(写真:Mymiチャン怒らないでェェ(w)

嬉しくてたまらない
この場にいることが。。。。

でも頭のどこかにあった
『まずはスタート地点だぞッ』 77.jpg

7.jpg


【★ハードだったセクション】
話には聞いていた
『サミット越えセクション』
石がゴロゴロ
登りのガレ場では
右側がガケになっている
下りも激しい路面

最近はそのセクションはルートに
入っていなかった
そのセクションのプレラン前日、
誰が走るか
走る人がプレランをしようと話し合ったが
なかなか決まらない

いろんな意見が出たが
結局はその夜は決まらず
3人ともプレランを走ることに。。。

私は^^;マジ仮病ツカイタカッタ(w

その時のプレランで
見事ぶっとんだ私
TVの放映では
サミット越えでの転倒の
石ゴロゴロ映像と
うまく繋げてあったが・・・

本当に転倒したのは
赤土のふかふかセクション
バンクが見えたので
勢い良く飛ばして曲がろうとしたら
そのバンク手前でヒュ~ンバサッ

気がついて目を開けると
石井サンの指が私の目の前を
右に左に動いていた

『なんとか大丈夫だ』と石井サンの声
一瞬で記憶がとんだ

頭がぼ~っとしてる
『はい、大丈夫です』とフリをする

エンジンをかけ、
みんなに付いて行く
するとサンドの下りでエンスト
みんな私に気付かず
先へ行ってしまった
"ふぅ~"
キックでエイエイエイッとエンジンをかけ
再スタート。。。こっちでいいのかな
いや、あっちかなぁと
ひとりで不安いっぱいになりながら走る私


本番には強いが・・・練習やら準備で
なんかヤラカス私^^;

日が暮れる寸前
やっとみんなの元へ到着

みんなかなり心配していたようで
本当に申し訳なかった
『すいませんでしたァ^^;』 と

顔を洗いに行き
『やっぱハードだねぇ』と
コースの感想を話していると

隣にいたMymiチャンの変化に気づく
顔が晴々と "(^○^)"とした
嬉しそうな表情に変わっていた
20070330214259.jpg


ふふふッ 決まりだねッ
Mymiチャン

お腹空いたので
いつものオープンサンドをほおばりながら

Bajaの桜貝色の夕焼けに感動しながら
(^ー^)ニヤリ と微笑んだ
20070330214313.jpg


【★念願の巨大サボテン】
同じように
プレランをしているライダーと
時折すれ違う事がある

ある場所で
何台ものライダーがウロウロ・・ウロウロ・・
道に迷っているようだ

私らも同じように
あっちでもない
こっちでもないと走り回り

私が少しカーブした道に入って行くと
前から>>>なんと!!四輪バギー
『きゃぁ~』ギリギリだった
ハンドルを右に切ることができ
小枝の群がる雑林の中へ
ズサァ~
この時はホントにヤバかった

日本に無い地形
体験できないセクションが沢山ある
私がぶっ飛んだ赤土の所には
ガレ石がゴロゴロ隠れていた

プレランでリタイアする
日本人は数知れず

とにかく気が抜けない

サンフェリーペからのプレランを
石井サンとMymiチャン2台で走ることになった。。。

で(^.^)私らは巨大サボテンさんと
ご対面・・・
2回も来たけど
意外と見る時間が無く
初めて見れるとあって
大喜びの私(w
Mymiチャン>>イイナイイナの連発でした

相変わらずサラ~っとた気候で
気持ちイイ~(^^)/
青空が広がる
最高の撮影日和

私はMriチャンとルンルン気分で
写真撮りまくり(^^)v
20070330214341.jpg



撮影隊はいつものように
時間がかかるようで
先にMriチャンと車に戻り・・・

すると^^;えっ
Mriチャンの目から涙が・・・アララララ
どうしたのッ

こっちに来て
ずっと団体行動だった私達
気持ちの中で我慢していた部分が
あったようで、この時に
色々と打ち明けてくれました。

この時にMriチャンは
繊細なんだなぁっと思い

実は私もホホホッ
お風呂場でひとり涙流しました
(次はチョット本音トークで)




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